総額2.5億円のサンリオ承認外報酬問題から学ぶガバナンスの盲点―特別調査委員会報告書を読み解く
サンリオの承認外報酬問題について、特別調査委員会報告書の内容をもとに、不適切報酬の実態とガバナンス上の課題を解説します。
サンリオ承認外報酬問題から学ぶガバナンスの盲点
2026年5月、サンリオは特別調査委員会の調査報告書を公表し、元常務取締役による承認外報酬等の受給問題の詳細を明らかにしました。
当ブログでは以前、不正発覚直後の開示内容をもとに、本件について考察した記事を公開しました。
しかし、今回公表された調査報告書によって、当初の想定以上に複雑な背景が存在していたことが判明しています。
本記事では、調査報告書の内容を整理するとともに、経営者の視点から本件の教訓を考察します。
問題の概要
調査報告書によると、元常務取締役は米国子会社において、親会社の正式な承認を経ないまま、以下の経済的利益を受けていました。
- COLA(生活費調整金)
- ニューヨーク大学博士課程の学費
- ロサンゼルス所在住宅の賃料等
これらの総額は約168万ドル(約2.5億円)に達しています。
承認外報酬等の内訳
| 項目 | 累計額 | 円換算 |
|---|---|---|
| COLA(生活費調整金) | 約125万ドル | 約1億8800万円 |
| 学費負担 | 約15万ドル | 約2200万円 |
| 住宅費負担 | 約28万ドル | 約4200万円 |
| 合計 | 約168万ドル | 約2億5200万円 |
報道では学費や住宅費が注目されましたが、実際には全体の約8割をCOLAが占めていました。
※COLA(Cost of Living Adjustment)は、一般的にアメリカのようにインフレが激しく、生活費の高い地域で勤務する従業員や駐在員に対して支給されることがある手当です。
問題となった2つのポイント
今回問題となったポイントは次の2つです。
- 元常務が自身の権限を利用して、親会社に無断で子会社から報酬を受け取っていたこと
- 子会社に対するガバナンス設計が甘かったこと
問題① 元常務が無断で報酬を設定
元常務は3つの報酬について、それぞれ以下の経緯で受け取っていました。
親会社に気づかれないようCOLA制度を導入
親会社の元常務取締役は、米国子会社の取締役兼CEOを兼務していました。
この権限を利用して、米国子会社でCOLAという名目で多額の報酬を自身に付与していました。
具体的には、
- 業績向上に伴う繁忙度が高くなったという体裁で、元常務が米国子会社全社員を対象にCOLA(追加報酬)を導入
- 取締役に対する給付は取締役会の実施が必要だが、これを未実施のまま支給を決定
- COLAのベース額は基本報酬の30%と決めていたが、自身は55%以上を受領
- 本来必要な親会社への報告について、子会社CFOとともに「報告の必要はない」と勝手に判断
親会社は子会社に対して、元常務に支払った報酬額を報告する体制を整えていましたが、結果として報告されていませんでした。
親会社の承認があると嘘をついて学費を会社名義で支払
元常務は米国ニューヨーク大学における博士課程の学費を米国子会社負担として支払わせていました。
- 承認を得ていないにも関わらず、「本社の承認を得ている」と当時のCFOに対して虚偽の内容を当時のCFOに説明
- 本来必要な取締役会の承認や適用基準の確認等は未実施
もちろん、大学に在籍してはいけないというルールはありません。
ただ、元常務の所掌を整理すると、
- 常務取締役
- 海外事業全般
- デジタルライセンス本部
- グローバル戦略室
- デジタルメディア&スポーツライセンス事業
- 海外子会社CEO
Sanrio, Inc.(米国)
Sanrio GmbH(ドイツ)
Sanrio Global Ltd.
Sanrio UK Finance Ltd.
Mister Men Ltd.
Mister Films Ltd.
THOIP
Sanrio Global Asia Ltd.
上記の通り、海外事業のほぼ全権を握っています。
相当な繁忙度が想像される中での大学博士課程在籍には驚かされます。
社用名目で家族が住む賃貸住宅を契約
シカゴ在住の元常務はロサンゼルス出張の際の社用目的として、米国子会社名義でロサンゼルスの住宅を賃借契約していました。
- 表向きは物品保管や会議利用だが、実態は家族が居住
- 元常務自身が契約を締結、支払は子会社名義
- 取締役会承認、親会社への確認・報告なし
以上のように、COLA、学費、家賃など、様々な名目で米国子会社から無許可で報酬を受領していました。
問題② 子会社に対するガバナンス設計
今回の問題は元常務の意図的な統制回避がありますが、けん制がうまく機能していないガバナンス不全という面もあります。
当時のサンリオには一応、役員報酬の確認体制がありました。
- 子会社から支給される報酬も含めて、親会社の役員が受け取る報酬の総額は、最終的に社長が決定
- 子会社は親会社へ、支給した役員報酬を定例報告
形式的な確認はある一方、親会社常務取締役と子会社取締役CEO兼務といった、権限が強い人をけん制する体制はとれていませんでした。
内部統制を無効化する、いわゆるマネジメント・オーバーライドが発生してしまったのです。
マネジメント・オーバーライドとは何か
本件は、内部統制上もっとも重要なリスクの一つである
「マネジメント・オーバーライド(経営者による内部統制の無効化)」
の典型例といえます。
内部統制とは、
- 承認者と実行者を分ける
- 複数人で意思決定する
- 相互に牽制する
ことで不正を防止する仕組みです。
しかし、強い権限を持つ経営者自身がそのルールを飛び越えてしまうと、内部統制は機能しなくなります。
本件では、
「ルールがなかった」のではなく、「ルールはあったが機能しなかった」
ことが問題でした。
優秀な人材への過度な依存が招いたリスク
元常務取締役は、
- ソニー
- NAMCO USA
などでキャリアを積み、サンリオの海外事業を牽引してきたキーパーソンでした。
一方で、
- 多数の海外法人CEOを兼務
- 海外事業全体を統括
- デジタル事業も担当
と、権限が一人に集中していました。
優秀な人材への依存は成長を加速させる一方で、
「あの人なら大丈夫だろう」
という過度な信頼が、統制機能を弱める危険性もあります。
報酬設計の難しさ
今回の問題はガバナンスだけの問題ではありません。
根本的な課題として、報酬設計の難しさがあります。
実はアメリカ在住の元常務に対する報酬の設定は、ほかの取締役とは違っていました。
社長や専務は、報酬の一部を株式報酬(譲渡制限付株式)として受け取る一方、元常務は株式報酬を受け取っていませんでした。
アメリカ在住の役員に対して日本法人の株式報酬を設定するのは、税制の整理や手続きの煩雑さがボトルネックとなって、現実的ではないからです。
ただ、サンリオは元常務が入社した2021年から2026年までの間に業績好調を背景に株価が10倍近くに上昇しています。
株式報酬を得られていない元常務としては、仕方ないとはいえ、少なからず不満を感じる可能性はあったでしょう。
経営者が学ぶべき教訓
今回の事案から得られる教訓は明確です。
① 制度よりもプロセスが重要
重要なのは、
- COLAが悪いか
- 学費負担が悪いか
ではありません。
重要なのは、
誰が、どのような手続で決定したのか
です。
② グレーな案件ほど第三者のチェックが必要
完全な私的利用よりも、
- 業務利用もある
- 私的利益もある
という「グレーゾーン」の案件ほど、客観的な承認プロセスが必要になります。
③ 経営者自身も内部統制の対象である
内部統制は、
「悪い社員を監視する仕組み」
ではありません。
むしろ、
優秀で信頼されている経営者であっても、判断の逸脱を防ぐための仕組み
です。
おわりに
今回のサンリオの問題は、約2.5億円という金額以上に、
「重要人物への過度な依存が、組織の統制機能を弱めた」
という点に本質があります。
企業が持続的に成長するためには、優秀な人材に権限を集中させるだけでなく、
「その人がいなくても機能する仕組み」を構築すること
が重要なのかもしれません。