忘れられたオーバーシュート型コミットメント。植田日銀は何を変えたのか【日銀わかりやすく解説④】
黒田日銀が導入した『オーバーシュート型コミットメント』。イールドカーブコントロールの陰に隠れがちだったこの政策は、現在の植田日銀ではどのように変化したのでしょうか。その意味をわかりやすく解説します。
この記事は連載記事になります。
第一回では、政策金利1%到達と植田日銀の慎重な利上げ姿勢について解説しました。
第二回では、2000年のゼロ金利解除とその教訓を振り返りました。
第三回では、日銀の政策目標は為替ではなく物価であることを確認しました。
そして今回は、現在の利上げを理解するうえで重要な、
「オーバーシュート型コミットメント」
について整理してみたいと思います。
黒田日銀が掲げた「約束」
2016年、黒田日銀は追加の金融緩和としてイールドカーブコントロール(YCC)を導入しました。
このとき、同時に導入されたのが
「オーバーシュート型コミットメント」
です。
内容を簡単に言えば、
消費者物価上昇率が2%を超えたとしても、すぐに金融緩和をやめない。
さらに、
2%を安定的に上回るまで金融緩和を継続する。
という強い約束でした。
当時の日本では、長年にわたり物価が上がらない状態が続いていました。
そんな中、日銀が低金利を長期間続けたため、金融機関の収益体質が悪くなるなど、金融緩和の副作用が強く意識されていました。
当時の日本では、
「2%になったら日銀はすぐに利上げを行い、金融緩和をやめてしまうのではないか」
という見方もありました。
もしそう思われれば、企業や家計は金融緩和による物価上昇が長続きしないと考え、賃上げや価格転嫁のムードがなくなってしまう可能性があります。
そこで日銀は、
「2%を超えてもすぐには引き締めに転じない」
という強いメッセージを打ち出したのです。
※黒田総裁の異次元緩和については、以下の記事で黒田総裁という人物とともに解説しています。
実はYCCの陰に隠れていた政策だった
黒田日銀といえば、
- 大規模金融緩和
- マイナス金利政策
- イールドカーブコントロール(YCC)
などが注目されがちです。
特にYCCは長期金利を操作する前例の少ない政策だったため、大きな話題となりました。
その一方で、
オーバーシュート型コミットメントはあまり注目されませんでした。
しかし、金融政策の考え方という意味では、こちらも非常に重要な政策でした。
なぜなら、
「物価が2%を超えても緩和を続ける」
という考え方そのものを日銀が明確に示したからです。
当時は「2%を超えること」が最大の課題だった
現在では物価上昇が当たり前のように感じられるかもしれません。
しかし、2016年当時は状況がまったく異なりました。
- デフレマインドが根強い
- 賃金が上がらない
- 企業も値上げに慎重
という状態が続いており、
「どうすれば2%の物価上昇を実現できるか」
が最大のテーマでした。
そのため、
「2%を少し超えたくらいでは緩和をやめない」
という強いメッセージが必要だったのです。
植田日銀は何を変えたのか
現在の植田日銀は、黒田日銀とは異なる局面に立っています。
近年は、
- 賃上げの広がり
- 人手不足
- 価格転嫁の定着
など、企業行動や家計行動に変化が見られるようになりました。
その結果、
「物価を2%まで押し上げる」
ことよりも、
「物価上昇を持続可能なものにする」
ことが重視されるようになっており、金融政策運営にも表れています。
実際、価格転嫁が定着しつつある状況を踏まえて、植田総裁は2024年にマイナス金利政策の解除とともに、オーバーシュート型コミットメントも終了しました。
このコミットメント解除の意味が、今回の利上げにも関わっています。
今回の利上げに際して、内田副総裁は
基調的な物価上昇率が2%に近づいている
ことを理由の一つに挙げました。
これは、
「2%を実際に上回るまで待つ必要はない」
という考え方への変化を意味しているともいえるでしょう。
物価上昇率が2%を上回る前に利上げを行っておかないと、
物価が2%を超えて急上昇してしまうリスク
があるからです。
同じ2%でも意味は変わった
黒田日銀の時代は、
「どうやって2%まで到達するか」
が課題でした。
一方、植田日銀の時代は、
「2%を安定的に維持できるか」
が課題になっています。
同じ「2%」という数字でも、置かれている経済環境は大きく変わっているのです。
おわりに
オーバーシュート型コミットメントは、イールドカーブコントロールの陰に隠れ、あまり注目されてきませんでした。
しかし、現在の利上げ局面を理解するうえでは、
「かつて日銀は2%を超えても緩和を続けると約束していた」
という事実を知ることが重要です。
そして今、日本銀行はその時代から次のステージへと移りつつあります。
次回は、今回の金融政策決定会合での植田総裁の異例の欠席と、その結果注目された内田副総裁について整理してみたいと思います。